アメリカ合衆国 オレゴン州で国際人事コンサルタントとして活躍されているPacific Dreams,Inc.代表 Ken Sakai(酒井謙吉)さんに、最近のビジネストレンドについて、お話しをうかがいました。
酒井: 日本では、SDGs(エスディージーズ Sustainable Development Goals 持続可能な開発目標)に取り組む企業が増えているようですね?
江島:そうですね。SDGsが国連総会で、全会一致で採択されたのが2015年ですから、「ようやく」という感じなのですが・・・。
昨年(2021年)4月に、菅前首相が、「2030年の温室効果ガス目標 2013年度比46%削減」を表明したことを受け、急にメディアでもSDGsが取り上げられるようになってきました。
「ESG(Environment 環境、Social 社会、Governance ガバナンス)投資」の考え方が広まって来たこともあり、上場企業を中心に、SDGsに積極的に取り組む企業が、少しずつ増えて来ています。
酒井:そうですか・・・。残念ながら、アメリカ人のほとんどは、「SDGs」という言葉すら知らないのではないかと思いますよ。
江島:ええっ、そうなんですか?それはなぜですか?
酒井:トランプ前大統領が、気候変動報告を「信じない」と公言していたことが大きいのではないでしょうか。アメリカ人の約半数は、共和党支持者ですから・・・
江島:でも、民主党であるバイデン大統領は、気候変動対策に対して積極的な姿勢を示していますよね?
酒井:そうはいっても、未だトランプ前大統領の影響は大きく残っていますし、国民の約半数を占める共和党支持者への配慮と、国の分断や対立の回避から、バイデン大統領もあまり強くは言えないのではないかと思います。
江島:そうですか。それは、残念です・・・
酒井:日本のSDGsと同じような位置づけで、いまアメリカの各企業で積極的に推進されているのが、DEI(DE&I)です。
江島:それは、どういうものでしょうか?
酒井: DEI(DE&I)は、Diversity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包括性)の略です。
少し前までは、DI(D&I)と言われていましたが、最近は、DEI(DE&I)と言われることが多いです。
江島:Diversity(多様性)は、SDGsの理念である「誰一人取り残さない」に通じるものだと言われていますね。
日本でも、セブン&アイHLDGSが女性管理職比率:30%達成(2022年2月末まで)という目標を掲げるなど、積極的に取り組む企業が増えてきています。
「インクルージョン」という言葉は、私は不勉強で知らなかったのですが、「ダイバーシティ」で検索すると、先ほどのセブン&アイHLDGS含め「ダイバーシティ&インクルージョン」というページタイトルになっている企業が、意外と多いのに気づきました。
酒井:「インクルージョン」は、「仲間として認める」「疎外しない」「協働する」というようなニュアンスです。
たとえば、先ほどのセブン&アイHLDGSが、目標通り女性管理職の比率を増やしたとしても、実際には、男性管理職同様の仕事が任されていなかったり、男性管理職同様の成果を期待されていなかったりしたとすれば、それは「仲間として認めた」ことにはならないですよね?
「多種多様な人たちが、同じように活躍できる職場環境を整えていきましょう」というのが、「インクルージョン」という概念です。
江島:なるほど、よくわかりました。
では、「エクイティ」とは、どういう意味なのでしょうか?これは比較的新しい概念のようですね。
Amazonの「ダイバーシティだけじゃない。Amazonが推進するDEIとは?」の日本語記事も、2021年4月15日公開になっていました。
酒井:そうですね。「エクイティ」とは、公平性と訳すのですが、日本人にはちょっとわかりにくい概念かもしれません。
江島:少し前に「東京医大が、女性比率を3割程度に抑えるために、女性受験生の点数を改ざんした」ことが、女性差別だということで大きなニュースになりました。
これは、つまり「公平性を欠く(エクイティではない)」ということでしょうか?
酒井:いいえ、違います。それは「Equality(平等)ではない」例です。
江島:なるほど・・・「平等」と、「公平」は、違うんですね。
酒井:「Equity(公平性)」は、いまお話しに出てきた医大入試のような社会的不平等を、組織の制度や、時には法律の力を使って是正することを指します。
「Equity(公平性)」とは何か?を理解していただくために、実例として、カリフォルニア州の法律をご紹介しましょう。
昨年、
カリフォルニア州にある上場企業では、企業に5人以下の取締役がいる場合、そのうち2人は女性の取締役、そして6人以上の取締役がいる場合は、3人以上が女性でなければならない
という法律が施行されました。
これは、まだカリフォルニア州だけでの法律ですので、アメリカ全土でこのようになっているわけではありません。
しかし、
女性であることで、今までに何らかの社会的不平等や不利益を被っていたことに対して、「女性に、あえて下駄を履かせるための施策」を、「エクイティ」の面から法制化したものだ
と言うことができるのではないかと思います。
江島:う~ん・・・Diversity(多様性)との違いが、よくわからないので教えてください。
日本でも、先ほどセブン&アイHLDGSの例に挙げたように、「女性にも積極的にチャンスを与えよう」という企業が増えてきています。
これは、「ダイバーシティ」の概念に含まれると思うのですが、この例とカリフォルニア州の例の違いは、「努力目標ではなく、法律で強制力を持たせている」という点でしょうか?
酒井:そうなんです。
法律なので、罰則規定も設けられていて、この法律に反した企業があれば、10万ドルのペナルティが科せられるという厳しい内容になっています。
本来は、このような施策をしなくとも、平等性が実現できれば、もちろんそれが一番よいのですが、現実は決してそうではないため、法律で規制をかけてでも平等性を実現させる・・・これもエクイティの根底にあるひとつの考え方だといえます。
江島:私は、ありがたいことに、「女性だから」ということで差別された経験がほとんどないので、ピンと来ないのですが・・・
(日本は、ジェンダー・ギャップ指数が156か国中120位と、先進国の中で最低レベルなので、本当はもっと「社会的不平等を被っている」という認識を持たなくてはならないのですが!)
酒井:エクイティは、たぶん、DEIの中で、もっとも日本的な感覚から遠くにある概念だと思います。
しかし、必ずしも、平等性の建前だけでは解決できない問題が、世の中にはあります。
黒人男性が白人警察官に殺害されるという事件が何度も起ってしまっていることからもわかる通り、特にアメリカでは、そのような問題が顕著に表れています。
だからこそ、エクイティという概念が生まれてきたのではないでしょうか。
江島:そうか・・・日本では、アメリカほど差別が社会問題化していないから、制度化・法制化の必要性が理解しづらいのかもしれませんね。
酒井:たしかに、そうですね。
日本の方にもわかりやすい例で言いますと、「生理休暇」や「育児・介護休業」は、日本でも法制化されていますね。
江島:たしかに・・・「生理休暇」や「育児・介護休業」は、「努力目標」ではなく、法律で定めることによって、公平さを担保していますね!
酒井:また、法制化はされていなくても、
・病気や育児・介護などを理由とする休職・休業明けのメンバーに特化した研修 や
・非日本語話者を対象としたガイダンスや研修
を制度として提供する企業も、少しずつ増えているのではないかと思います。
これも、公平性の担保・機会の平等化を図っている例ではないでしょうか。
江島:「休職・休業したのはその人の個人的な事情なんだから、復職したあとみんなに追いつけるように自分で努力しろ」とか、「日本語が母国語ではないのはその人の個人的な事情なんだから、仕事に支障が出ないように自分で何とかしろ」ではなく、そういう方たちも平等に機会を得られるように企業が支援をしていくべきということですね。
エクイティという考え方は、日本企業にとってももちろん必要ですが、多種多様な国籍・人種・宗教・民族・バックグラウンドを持つ人々が集まる米国企業では、さらに重要ですね。
酒井:そうなんです。
DEI(DE&I)という考え方は、アメリカでは既に重要な会社ポリシーになってきていて、上場会社の中には、DEI(DE&I)を専門に扱う部署を持つ企業も増えています。
ただ、日本での認知はまだまだ低いので、アメリカに進出する日系企業や、アメリカに駐在する日本人スタッフの教育が必要になっています。
江島:そのような教育が必要な場合には、Pacific Dreams,Inc.社で対応していただけるのでしょうか?
酒井:はい、Web会議システムを使用した教育プログラムの提供も行っておりますので、まずはご相談ください。
江島:弊社でも、クライアントのSDGs(サスティナビリティ)ページのコンテンツを設計する際には、DEI(DE&I)にも配慮する必要があると思いました。
貴重な情報を、ありがとうございました。
【インタビュイー紹介】
Ken Sakai(酒井謙吉)
Pacific Dreams,Inc.代表 国際人事コンサルタント
信州大学卒。1987年渡米。三菱シリコンアメリカ(現SUMCO USA)社勤務。1996年に退社後、Pacific Dreams, Inc.を設立。在米日系企業ならびに米国企業のクライアントを対象に、人事管理コンサルティング・マーケティングと異文化コミュニケーションのノウハウを提供。
また、全米各地にある日系企業を対象とした人事Webセミナーを、毎月精力的に展開している。